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福岡高等裁判所 昭和38年(ナ)12号 判決 1964年1月30日

原告 福岡高等検察庁検察官

被告 藤本敬慎

主文

昭和三十七年九月二十二日施行の熊本県宇土市議会議員選挙における被告の当選は無効。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、被告は昭和三十七年九月二十二日施行の熊本県宇土市議会議員選挙に立候補して当選し、翌二十三日附でその旨同市選挙管理委員会より公職選挙法第一〇一条第二項により告示され、現に同市議会議員として在職中である、右選挙において訴外安田初太郎は同月十二日被告の承諾を得た推薦届出者河野正喜の選任届出により被告の出納責任者となつた、ところで右安田は被告に当選を得しむる目的をもつて(1)同月十八日頃宇土市大字松山四七七〇番地河添直彦方の藤本候補者選挙事務所において右選挙の選挙人たる内田卯吉に対し候補者である被告に対する投票並に投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金五千五百円を供与し(2)同月二十日頃同所において右被告の選挙運動者たる塚崎数雄に対し右被告のため一票五百円で同選挙区内の選挙人六名の投票を買収されたい旨を依頼し、その資金として現金三千円を供与して、公職選挙法第二二一条第一項第一号第三項の罪を犯し、昭和三十八年一月十四日熊本地方裁判所において懲役三月五年間刑の執行猶予の判決言渡を受け、右判決は同年十月十日確定(同年六月十日福岡高等裁判所において控訴棄却の判決、同年十月二日最高裁判所において上告棄却の決定、同決定書の謄本は同月三日検察官に、同月六日被告人に夫々送達)した、よつて公職選挙法第二五一条の二第一項第二号により被告の前記当選は無効であるから、同法第二一一条第一項に基き請求の趣旨に述べたとおりの判決を求めるため本訴に及ぶと陳述した。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中訴外安田初太郎が被告の出納責任者であつたことは否認するが、その余の主張事実は認める、被告は本件選挙において訴外安田初太郎を出納責任者として選任し届け出たことはなく、訴外上村静雄を出納責任者として選任し、その届出を同人に一任し、同人において選挙費用の収支を担当していた、もつとも同人は出納責任者として選挙管理委員会に届け出られていない、その後判明したことであるが被告の立候補を推薦した区民の一人である訴外河野政喜が安田を出納責任者として選任届出たということであるが、右選任届出について被告が承諾したことはない、ことに右届出については訴外安田が推薦届出者の代表であり乍ら、同人名義でなく、推薦届出者の署名捺印さえない、出納責任者が提出する筈の収支報告書が被告名義で提出されていることに照しても訴外安田が出納責任者として届出られたのは何等かの誤解に基く手続上のミスである、と陳述した。

(証拠省略)

理由

本件選挙において訴外安田初太郎が被告の出納責任者であつた事実を除いたその余の請求原因事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証、第七、八号証、第九ないし第十五号証によれば右選挙において訴外河野政喜は被告の承諾を得て訴外安田初太郎を出納責任者に選任し、自己の名で所轄選挙管理委員会にその選任を届け出たことが認められ、右認定に反し、右安田の選任につき被告の承諾がなかつたとか、訴外上村静雄が出納責任者に選任されたとかいう被告の主張に副う証人上村静雄、河野正喜の各証言部分は措信せず、他に右認定を左右しうる証拠はない。

そこで進んで右選任届出の効力について判断する。

(一)  成立に争のない甲第七号証―ただし被告が同号証中被告の氏名記載部分の成立を認めた趣旨でないことは口頭弁論の全趣旨に照し明かであるーによれば、右届出は公職選挙法第一八〇条第一項但書後段の規定に従い訴外河野政喜が推薦届出者として訴外安田初太郎を出納責任者に選任し、同条第三項の届出をなしたものであり、従つて被告主張のように推薦届出者が数人ありその代表者が安田初太郎であつたわけではないから、その代表者安田名義で届出をするとか、同人の代表資格を証明する書面を添付する必要はなく、このような手続がなされていないからといつて選任届出の効力を左右するものではない。もつとも右届出書末尾には訴外安田初太郎が推薦届出者の代表者である旨の記載があるけれども、この部分には年月日及び作成名義人の記載がないし、また右訴外人が推薦届出者の代表であつたことを認めうる資料はないから、右の記載は何等かの過誤によりなされた無用の記載であると認めるのが相当であり、この記載があるからといつて被告主張の手続上の不備があるとはいえない。

(二)  前叙のとおり右届出書中には「安田初太郎を出納責任者に選任することを承諾する」旨の記載及び「昭和三十七年九月七日候補者藤本敬慎」の記載はあるが、その氏名下には押印がなく、この部分の成立につき何等の立証もないから、甲第七号証は法第一八〇条第四項にいう「候補者の承諾を得たことを証すべき書面」を兼ねたものということはできず、他に同条所定の証明書の添付があつたことについて原告において何等主張立証しないから、本件出納責任者選任届は候補者である被告の承諾があつたことを証すべき書面の添付なしになされたものといわねばならぬ。

ところで出納責任者は当該候補者の選挙運動に関する収入及び支出の単独責任者であり、この収支に関し大きい権限と重大な責任を負い、その選挙犯罪は場合により当選の無効を来すことがあるから、候補者以外のものが出納責任者となる場合には候補者の承諾を得ることを要するものとし、この承諾があつたことを明確にするために選任届出に前記の証明書の添付を要求したものと認められるから、候補者の承諾なしにこれを選任届け出ても無効であることはいうまでもないが、その承諾がある以上単に前記法条所定の証明書の添付がないというだけでは選任届出を無効にすることはないと解するのが相当であり、本件において訴外安田初太郎を出納責任者に選任することにつき被告の承諾があつたことは前叙のとおりであるから、本件出納責任者選任届出は有効である。

以上説示したところによれば本件選挙における被告の当選は無効であるから、原告の本訴請求を認容し、民事訴訟法第八十九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 原田一隆)

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